COLUMN

【CA’s PRECIOUS STORY】PearlDesign&Styles那波佑香さま


今日からスタートしました『CA’s PRECIOUS STORY』

これからCAを目指す方、現役CAの方、そしてセカンドキャリアに悩む元 CA方向けのキャリアアッププロジェクトです。


客室乗務員として世界中を羽ばたいてきた女性たちが、

どのようにして夢を掴んだのか?
結婚や出産、子育てなどのライフステージの壁を乗り越えながら、何に悩み何のために頑張ることができたのか?

そしてなぜ退職を選んだのか?
その後のセカンドキャリアは?

など様々なことに答えてくださいます。

CA退職後も輝いていらっしゃるその姿は大変魅力的です。

女性としてライフステージをしなやかに乗り越えながら、自分らしく人生歩んでいるCAOGのキャリアSTORYは、女性として人生を楽しむヒントにきっとなるはず。

第一回は女性向けのWEB戦略やコンセプトデザインを行う、Pearl Design&Stylesクリエイティブプロデューサー那波佑香さん
『CA’s PRECIOUS  STORY』をお届けいたします。

母として、女性として、人として、柔らかなオーラを纏ってご活躍されているお姿が大変魅力的な女性です。

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昨年お二人目のお子様を出産された那波さん。

お子さんとの時間も大切にしながらも、ご自身の仕事にもしっかり向き合うスタイルは女性起業家からの信頼も厚く、法人などの多くのクライアントからも支持されています。

以前は、シンガポール航空のCAとしてアジアの空をフライトされていました。
世界一のホスピタリティエアラインでのご経験やキャリアデザインについてもお話を伺います。

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Q 那波さんがCAになった理由をお聞かせください

実は、航空管制官なりたかったです(笑)
でも視力悪かったので資格がないと気づいて「私に何ができる?地上?CA?」と考えるようになりました。
大学2年制の時、【人と人との架け橋】になれたらと思い、アメリカ留学で培った英語力を活かしてCA目指すことにしたんです。

Q たくさんあるエアラインの中で なぜシンガポール航空を選ばれたのですか?

新卒での就職活動で、英語力活かせる外資系エアラインを狙っていました。そんな時、募集があったのがシンガポール航空。

せっかくなら、「世界NO1で働きたい」って思いました。世界で一番のサービスを提供しているエアラインで働いてみたいって・・・。


Q シンガポール航空のCAになるために、具体的にどんな準備をしたんですか?

【英語力】は、高校時代のアメリカ留学で自信がありました。
でも、留学当時通じると思って渡米したんですが、全然通じなかったんです(笑)通じるまで3、4ヶ月かかりました。帰国した際、英語のレベルはTOEICリスニングほぼ満点取れるほどのなっていたので行ってよかったと思います。

あとは【ボランティア活動】
『選考ではどんな人が求められるか』考えました。それって、『大学でどんなことをやってきたか、どういう成果を残してきたか』ということかと思ったんです。

そこで思いついたのが、ボランティア活動。
私は、その時盛んだった大阪へのオリンピック招致活動の運営メンバー参加と機内のインファント(乳児)対応を身に付けるために、乳児院で2年間の活動をしました。



Q エアラインスクールには通われましたか?

大学2年生の時にたまたま募集があって在学中でも受験できたJAS(旧:日本エアシステム)の既卒CA選考(高卒資格)受けて最終まで行ったんです。
でもダメで・・・・。

その当時なんで落ちたか分からず悔しい思いをしました。
そこでエアラインスクールに通うことにしたんです。

スクールには、既卒の受験者が多くいました。
外資系エアラインを狙う先輩から聞いた外資特有の美意識。面接ヘアメイクは毎回美容院に行くとか・・・・。
内定を掴むため、たくさん参考にしました。

白いスーツ・夜会巻きで受験、提出写真はボブスタイルにしました。

Q 華やかな雰囲気をお持ちな那波さんですが、受験で苦労されたことは?

実は、私の身長160cmギリギリで・・。

シンガポール航空は当時、ジャンボ機(B747)が主流だったため、募集要項に160cm以上と明記ありました。

もともとの身長は158cm。整体やカイロプラクティックにたくさん通ったけど、どうしても160cmギリギリな感じでとっても困りました。

そこで、見た目で背が高く見えるように夜会巻きで受験することに。面接では高さが怪しい人は、廊下で身長検査されるんですが、私はチェックされてしまってドキドキしました。

でも、奇跡的になんとか切り抜けて合格!

憧れのシンガポール航空のCAという道を、掴み取ることができました。

Q CAになって楽しかったことってなんですか?

やっぱり・・・色々な所に行けたことですかね。

それと・・・シンガポールー日本線は約7時間という短い時間でしたけど、機内は一期一会。お客様から「楽しかった」「ありがとう」という言葉をいただけた時は、とっても嬉しかったしやりがいを感じました。

会話をする中で、お客様の求めることを想像して、サービスする。
結果、喜んでくださることがとてもモチベーションになっていました。

そして、世界一のサービスエアラインで働いている誇りがありましたね。

機内チェック・キャビンを綺麗にするなどの小さなことまで、チームで徹底するお客様をお迎えする姿勢は素晴らしいと思います。

クルーは仕事に対して常にプロッフェショナル。

いかに心地よく過ごしていただけるかということ、ホスピタリティを個人個人、自発的に考え行動することが求められた環境でした。

大型機に1〜2名しか日本人クルーは乗務しないので、いつも日本人対応で忙しかったです。そんな中でも、プロとしての意識や感性が磨かれて、大きく成長することができたと思います。

以前お乗せしたお客様と機内で再会した時には「いい時間を過ごせた」「いい思い出になった」という言葉をいただき、その方の旅の人生に少しでも彩を添えられたと感じらることができて嬉しかったです。


Q シンガポール航空のCAといえば、洗練されたアジアンビューティといったイメージがありますが・・

そうなんです!!

入社後の研修で、それぞれパーソナルカラーを決められるんです。
似合う似合わないと言われるのではなく、教官の指定通りにグルーミングで化粧品の番号まで指定されました。

赤い口紅・赤いネイル・・・そして私はブラウンアイメイク。
実はブルーのアイシャドウが良かったんですが、教官の指示であえなくブラウン。残念でした(笑)

アイラインしっかり入れたアジアンビューティーメイクで、口紅やネイルなどメイクはハゲてはNG.。
髪は肩についたらピンが見えないようにまとめること、その際シニヨンはダメと決まっていました。
ピンが見えない完璧に崩れない夜会巻き、とっても大変でした。

シニアCAの高く仕上げるパーフェクト夜会巻きは尊敬そのもの。私は結局、髪を切ってボブにしました。

日本人は名札がゴールドで現地クルーは黒なんだけど、顔立ちがエキゾチックなので現地クルーに間違えられたこともありました(笑)


Q  CAをしていて大変だったことは?

時差に対する体力維持!これに尽きます。
「時差平気」「睡眠時間3時間でも大丈夫」ってくらいの人だと続いていると思います。体が強くないと厳しいと思います。

人間関係は良かったです。

現地クルーが所属する固定グループの中に、その都度ジョインして行くCREW編成スタイルで、毎回飛ぶメンバーが変わって面白かったし、その時のみの編成なので、人間関係も楽でした。

当時は100名日本人クルーが在籍していて、みんな意識高く厳しい仲間たち。
日本人でもマネージメントを行う立場までなっている方もいて、憧れました。

5年で契約更新、勤務マックス10年でその時昇進していなかったら更新できないという更新制のため、ずっと働けないかもという不安はありました。

昇進試験は厳しいとのことでしたが、入社した時は昇進してキャリアを築いて行くイメージだったんです。

制服のケバヤの色で役職がわかるんですが、青が普通のクルー、緑がリーダー・赤がパーサーそして茶色がチーフパーサー。
当時日本人のトップは赤だったので、赤を目指していたんです(笑)

Q お話を伺っていると、CAのキャリアを楽しまれていたように思いますが、辞めるようになったきっかけや理由はなんですか?

きっかけは母の病気になり、看病が必要になったことでした。

日本での看病となるとシンガポール在住は厳しいですよね。
ビジネスクラスの訓練が控えていたんですが、私自身も睡眠できなくなっていたりと体力の限界を感じていて・・・。

退職して帰国することにしたんです。


Q CAを辞めてからのセカンドキャリアは?

帰国してからもう一つやってみたかったWEDDINGプランナーに転職しました。

実は新卒当時、WEDDINGプランナーでの内定も頂いていましたが、プランナーは後でもできると考えて辞退していたんです。

当時、帰国して在住していた福岡で大人気のWEDDINGプロデュース会社の新店舗のオープニング社員募集があって、すぐ応募しました。

社の方針『一流のサービスができるようになりたかったら一流に触れなさい』という言葉通り、一流のものを意識しながら、WEDDINGプランナーとして3年間を送りました。

その後、シンガポール航空ととリッツ・カールトンのトップ対談を見て一流ホテル『リッツ・カールトン』で働きたいと考えるようになり、さらに、【質のいいもの】【品ののいいもの】そして【真摯さ】を学びたいとリッツカールトン大阪に転職し3年勤務しました。

人生最高の日を演出するウェディングトータルプロデューサーとして、2000組以上の新郎新婦の思いを引き出してきました。
その後、大阪のセントレジスの立ち上げメンバーになって1年勤務することになりました。

家族との時間を大切にしながらも人と関わって働きたいと考えていた私は、
結婚・出産を機にコーチングのコーチとして起業
し今は女性向けのWEB戦略やコンセプトデザインを行う、クリエイティブプロデューサー・サービスコンサルタントとして活動しています。

Q CAスキルは那波さんの人生にどんな影響を与えてくれましたか?

日本人のお客様は察してほしい方が多いんですよね。
だからこそ、CA時代【目配り・気配り・心配り】を体現するようスキルを磨いてきました。

【声にならない声を拾うこと】を大切にしています。

些細な仕草や表情からキャッチして行くことが大切だと思うんです。
これから関わる方々に対しても「こうしてほしい」「本当はこう思ってるんじゃないかな」というところをフォローしていきたいと思います。

それから、
世界NO1エアラインのCAにふさわしい自分であるための努力から美しい立ち居振る舞い、身だしなみ、経験からのアプローチを身につけることができました。

これからも【品良く真摯に】という在り方でいたいと思うし、心から良いと思うものを提供したいと考えています。

一流ホテルでも結果が出せたのはシンガポール航空で培った素地があったから。

結婚し子供も授かりました。
家族との時間も大切にしながら、人と関わる仕事がしていたいと思っています。またそんな母親の姿が、自分の子供の幸せにも繋がっていたら良いなと考えているんです。

Q 今振り返って、現役時代に何をしておけば良かったと思う?

旅行にもっと行けばよかったと思います。

いつでもいけると思ってたんですよね。同期は日帰りとかしてました(笑)

あと、ステイ先やフライトで、もっと積極的にいろいろな経験をしておけば良かったと思います。よく、部屋にこもっていました。

あとやっぱり・・・、事情があって退職しましたが、上位クラスのサービスは経験したかったって思います。


Q 現役世代にアドバイスするとしたら?

私は、キャリアに対する漠然とした不安がありました。

「いつまでできるかな」「未来はどうなるのかな?」なんて考えていたんです。
でも、不安を感じて終わるのではなく【自分がこうなりたいと決めて逆算して、今すべきことを行動していく】ことで未来を掴んでいけると思います。

意識して過ごすことで得られるものが大きいと思います。
ぜひ、今の時間を楽しんでください!

✈︎那波佑香さまCAキャリア✈︎
【勤務航空会社】シンガポール航空(SQ)
【フライト歴】約2年
【入社資格】新卒
【入社・退社年齢】22歳〜24歳
【留学】アメリカに1年間(17歳の時】

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常に笑顔で答えてくださった那波さん。
完璧なアジアンビューティで美しいケバヤスタイルが目に浮かびました。

インタビューは、時折お子さんをあやしながらお話くださり、お子さんへの声かけが優しくて、とても素敵でした。(同じ母として見習いたいくらい)
母としての優しい視線と飾らない言葉でたくさん素敵なお話が伺えました。
那波さん、インタビューありがとうございました。



【CA’s PRECIOUS THINGS インタビューから分かること・・・・】

現役時代へのアドバイスは、これからCAになりたいと考える方にも当てはまるかなって思います。漠然とした不安ではなく、しっかり未来に向き合って今を行動していくこと・・・。
那波さんのキャリアでは、すべてしっかり計画し行動されています。インタビュー中にお聞きした「それぞれの人生の選択に後悔はありません。どれも、きちんと幸せな未来につながっているから」という那波さんの言葉が印象的でした。
皆さんも是非ご自身の人生を前向きに、一歩ずつ進んでくださいね。

那波佑香さんが代表を務められている
『Pearl Design & Styles』HPはこちらから
▶︎https://nanayuka.com/


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